週報でグチる。

最近,ついに週報を出さなくてはならなくなりましてね。週報の最後に必ず所感を書くようにしているんですよ。誰も読んでないでしょうけど。で,どんなのを書いているのかというのを,曝してみるんですが...

ここから。


http://rac.churashima.net/

よく照れ隠しで「IT 業界で糊口を凌いでいますが本職はダイビングのインストラクターです」などと自己紹介する。そんな私にとって,RAC という字面を見て真っ先に心に浮かぶのは琉球エアコミューターである。Real Application Clusters がぱっと頭に浮かばないあたり,会社に対する愛が足りないかもしれない。

その昔,ダイバーの友人と地下鉄の中で,「俺さぁ,ワンピースが欲しいんだけれどさぁ,今月奮発してダイコン買ったからお金が足りないのよね。黒いワンピがいいんだぁ。もちろん,フルオーダーね。」などと話していたら,周囲の女性にドンびきされていた。

奮発しなければ大根も買えないような甲斐性なしがオーダーメイドで女装をしたがっていると思われたらしい。(※1,※2)

数年前,Collaboration Suite のお客様先で実装作業が順調に進まないことがあった。その際,米国の Sales Support の VP から OCS は Japan では役に立たないとお客様が言っているぞ,とメールでお叱りを頂いたことがあった。たとえ RAC は琉球エアコミューターだとしても,Collaboration Suite には人一倍愛情を注いでいた私である。Collaboration Suite が日本で使い物にならないとは何事だ,とメールで年甲斐も無く大げんかした。後日,くだんの VP が来日したおりに話し合ったところ,彼の言う OCS とは Oracle Consulting Service のことだった。三文字略語が大変に多い弊社では,ときおりこういう事態に遭遇する。


閑話休題。

最近,週報をはじめとするいろいろな報告メールを見ていてとても気になることがある。それは,書き手が手間を省きすぎているということだ。

日本語の単語が羅列されているが文章にはなっていない。狭量な私には全員の案件の進行状況の全てを,担当者と同じくらい詳細に覚えておくほどのキャパシティはないので,大切な案件であったとしても万事うまくいっているならば状況を忘れていることはままある。そんなときに必要以上に端折った報告を読むと,記憶を辿りながら行間を埋めていくのだが,いかんせん書き手の力量が不足しているとどうにも埋めようがない。

また,書き手と読み手では知識背景が違っているかもしれない,という当たり前の前提をすっかり忘れ去ってしまったかのような,断りの無い略語の連続にも困る。ミーティングを mtg. と略されても,それは新しい単位なのか?と思うばかり。mtg. と書くことでどれだけの労力が削減できているというのだろうか。ダイコンは人によって意味する対象が全く違うのである。労力の削減と誤解
の危険を天秤にかけてみるといい。


文書を端折って書くというのは,それをしても自分の伝えたいことを読み手の頭に正確に再構築できる筆上手のみが到達できる達人技なのであって,普通の人は文書ではなるべく端折らないで書いたほうが良いと思う。ヒューゴーと出版社の有名なやりとり「?」「!」は,常人にはどだい無理なハナシである。

書き手が手間を省くというのは,とりもなおさず,その手間を読み手に押し付けているに他ならない。報告した内容をきちんと読んでもらおうとするならば,手間を惜しむべきではない。


よい報告を書くというのは,大切な技術であると思う今日この頃。


以上,ご報告まで。

by melekai | 2009-10-05 23:52 | ヘタレの肖像